|
|
|||||||||||||||||||||||||||
| サウスウェスト航空の成功の秘訣
(Take to the Sky−Southwest Airlines) *ベイエリア最新事情2001年10月22日* |
|||||||||||||||||||||||||||
|
「飛ぶのが怖い」 9月11日の惨事以来、「飛ぶのが怖い(Fear of Flying)」という言葉を聞いて、エリカ・ジョング(Erica Jong)が女性の性の解放を描いた有名な本を思い出す人は、すっかりいなくなってしまいました。ハイジャクされた飛行機がWTCを直撃した映像は、ダイレクトに航空業界を襲い、一般利用者も航空会社も同時に「飛ぶのが怖い」という恐怖のトラウマを刻印されました。この惨事以前すでにビジネス不振で苦しんでいた大手航空会社は、これによりさらに崖っぷちに追い詰められ、ビジネスの悪化に拍車がかかっています。政府は、アメリカの社会・経済の動脈ともいうべき航空業界を支えるために、急遽150億ドルの救済基金を用意し、緊急措置で流れ出る血を止めるべく応急手当を実施しました。この施策の効果は、まだ見えておらず9月末の時点で大手9社の航空会社の人員解雇は87,000人を超え、平均20%の運行削減の実施が発表されています。こうした大手航空会社の業績悪化や倒産の叫び声の中、唯一サウスウェスト航空 (http://www.southwestairlines.com/)だけが惨事の後一度も運行スケジュールを削減せず、またアラスカ航空とともに人員削減を一切行っていません。10月3日サウスウェスト航空は、来年1月11日までフルスケジュールで運行し、一切の人員削減は行わず、逆に惨事以前からオーバーワークとなっていた乗務員のために新たな雇用を実施する可能性があると、発表しています。またサウスウェスト航空は、利用者の航空機離れを防ぐために、惨事の後最初にTVCMを放映し航空運賃のディスカントを実施しています(この後、他の航空会社もサウスウェストの戦略に追随しています)。 サウスウェスト航空は、今年の前半6ヶ月で2億9,700万ドルの純収益を上げ、以下の表が示すように全米で最も収益率が高く、財政的に安定した航空会社として永年の評価を得ています。また運行パフォーマンスに関しても今年の6月の時点で、全運行スケジュールのオンタイム率81.7%と、ベストオンタイムの航空会社として全米12の航空会社のトップにランクされています。 大手航空会社の第三四半期の数字
**8月に15億ドルの資金調達した分を含む ***9月に13億ドルの資金調達した分を含む Source: Merrill Lynch & Company: UBS Warburg 大手航空会社の経営危機 こうした状況下で、なぜこの低額運賃で有名なサウスウェスト航空だけが大幅なリストラもせずに収益を上げているのか?この成功の秘密を、SFクロニクルのKathleen Penderは、10月4日の記事の中で以下のように分析しています。
航空業界の変貌 1998年4月、ユナイテッド航空の会長兼CEO のGerald Greenwaldは、お膝元シカゴで、サウスウェストとユナイテッドのみが熾烈な航空業界の競争の勝利者であると宣言し、「タクシーとバス」に2社をたとえ、おのおのの顧客を「サービス志向と価格志向」であると定義しました。その後3年経った現在、航空業界のオンライン化が日常生活に定着し、より安いチケット求める乗客にとって、飛行機利用がますますバス化しており、顧客のニーズを正確につかみきれずに肥大化したユナイテッドは、その巨体をもてあまして危機的状況を生み出してしまいました。 それとは全く意を異にするように1971年の創業以来顧客に提供する商品を「距離間の移動」と定義して、誰でも格安料金で移動が可能というビジネスコンセプトに徹してきたサウスウェストは、座席指定を行わず、ソフトドリンクとナッツのサービスだけで顧客のニーズを満たし(Department of Transportation Air Consumer Reportsによる1.オンタイムスケジュール、2.確実な荷物管理、3.最も少ない乗客の苦情という航空会社の年間三冠王を1992年から1996年まで5回獲得)、自らのビジネスモデルの確かさを示し続けています。徹底したコスト削減による「最も安い航空券の提供とフライトスケジュールの厳守」という30年間実施されてきた企業ポリシーは、まさにタイムレスともいうべき利用者のニーズでした。これをまじめに受け止め実施し、社員の強烈な忠誠心に支えられながら、サウスウェスト航空は、現在航空業界を襲った危機的存亡をかいくぐろうとしています。 |
|||||||||||||||||||||||||||
|
大柴ひさみ (Hisami Ohshiba) 1979年外資系広告代理店電通ヤングアンドルビカム(DY&R)に入社、外資系企業の広告マーケティングを16年間担当。1995年にカリフォルニアに移住し、米国大手広告代理店やダイレクトマーケティングの会社勤務などを経た後、1998年2月JaM Japan Marketing(http://www.jamjapan.com/jp/)を設立。2001年1月ビジネス拡大のために、JaM Japan MarketingをLLCとして組織変更する。海外市場進出を目指す日米企業を対象に、クロスカルチャーなナレッジをベースにマーケティング戦略の開発立案、市場調査分析、広告PR、ローカリゼーションを含むコンサルティング活動を提供。講演・執筆活動も多く手がけている。2003年2月初の書籍「ひさみの冒険」がひつじ書房より発行 (http://www.hisami.com)。ご意見・ご質問はhisami@jamjapan.comまで。 |
|||||||||||||||||||||||||||
| Copyright c 2004 JaM Japan Marketing LLC, All Rights Reserved 記事・写真の無断転載を禁じます | |||||||||||||||||||||||||||