VISUAL COMMUNICATIONの時代

最近、自分自身の志向性も含めて、コンテンツは「読む」のではなく「見る」というAttitudeに変わってしました。

以前はまだ「テキストを読む」ことが、そんなに億劫ではなかったが、最近はむしろヴィデオや画像で見る癖がついて、そうしたヴィジュアルコンテンツに関心がすぐに行くようになってしまった。以下はヴィジュアルコミュニケーションに関するデータである。

ヴィジュアルによる情報のプロセスは、テキストを読むよりも6万倍速く

テキストによって記憶できる内容はわずか20%

消費者の注意力のスパンは12秒から8秒までに落ちている

ヴィジュアルコミュニケーションの影響力は、日常生活にも大きく影を落とし、家族や友人とのコミュニケーションも、Text MessageやSkypeでは、絵文字や写真、さらにヴィデオが主体となりつつある。

米国のマーケターもこうした消費者のニーズやデマンドに応えるべく、消費者とよりエンゲージしやすいヴィジュアルコンテンツの製作に注力している。

2016年3月Lewsの調査:94%の意思決定者がヴィジュアルコンテンツを作ると解答

理由「なぜマーケティングの意思決定者はヴィジュアルコンテンツを作るのか?」

  • 67%:よりエンゲージ可能
  • 50%:ソーシャルメディアでは必須
  • 46%:感情を喚起させる
  • 45%:カスタマーの注意持続時間が短くなっている
  • 26%:より楽しめる
  • 25%:競合との差別化

私の個人としての生活でもヴィデオ化の影響が押し寄せてきており、Fleet Week SFの今週はUS Navy Blue Angelsのリハーサルを、サンフランシスコでセーリングしながら、撮影した。私の初のヴィデオブログはこんな感じである。海上からの撮影は、セーリングならではの醍醐味。他のボートが少なくSF BayをうちのボートKaiyo(海洋)が独占した感じだった。音速で飛ぶジェット機の編隊の技術の素晴らしさに改めて感動したが、Blue Angelsは見るというよりは「聞く&感じる」ものである。

 

 

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Corporate Governanceが正常に機能しない企業は存在してもらっては困る

「見つからなければ、いいじゃない」

「法令や規則を遵守し、穏やかで真面目な人たち」、外国人が日本人に対する印象はこんな感じだと思う。そんな個人のイメージと裏腹なのが、最近の日本企業で目に付く一連の不祥事である。アメリカから、三菱自動車およびスズキ自動車の燃費不正データ問題で、頭を下げ続ける経営責任者たちの姿を見て、「ブルータスお前もか?」と、思わずため息をついた。

もちろんこの2社のデータ改ざんの意味合いは異なる。三菱は、25年前から法令と違う測定方法を採用し、虚偽のデータを作り、消費者に対して燃費をよく見せるという行為を意図的に行ってきた。スズキ自動車の場合は、「テストコースは海の近くにあり、風の影響で計測結果にばらつきが大きいため、つい装置ごとの実測値を使ってしまった」と釈明して、意図的に燃費をよく見せるための不正ではないと主張している。ただし、両社とも一般消費者に、「虚偽=嘘」のデータを公表していたことは事実で、「見つからなければ、いいじゃない」といった日和見的態度で、長年経営者も含めて企業全体がこれを容認してきたように思う。  「空気を読めよ!」という集団における無言の圧力 この「見つからなければ、いいじゃない」というマインドセットは、Corporate Governance(コーポレート・ガバナンス)が正常に機能できない原因をつくる、最も不適切なAttitude(姿勢・態度)である。またこれは、日本の企業でよく見られる、あるいは暗黙のうちに実行される、企業内の人間が周囲の「空気」を読んで行動する特性と、符合する。「空気を読めよ」という無言の圧力は、日本ではさまざまな場で発生するが、企業内でこれが発生すると、例え「個人としてはこれは不適切あるいは不正である」と思っていても、周囲の圧力が強い場合はそれが言い出せず、「自社のためなんだ」という曖昧な納得の仕方で「見ないふり」をしてしまうことがある。この「見ないふり」は、そのうちそれが「不正」であったことを忘れさせ、「責任」の所在の曖昧さの中で、Accountabilityを問わない日本的な気質に、そのまま流れていってしまう。  Corporate Governance(コーポレート・ガバナンス)って何なんだ? コーポレート・ガバナンスの定義は「株主、金融関係者、債権者、役員、社員」といった企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)が、企業活動を監視して、健全かつ効率的な経営を達成するための仕組み」である。欧米では1980年代に、企業の業績悪化や不祥事発生の原因が経営者の専制的な支配にあったという認識から、企業の統治を改善する動きが生まれた。ここから、企業の業務を執行する機能(マネージメント)と経営者の執行活動を監視する機能(ガバナンス)とを分離することが求められるようになった。日本でも2003年4月商法改正により、マネージメントとガバナンスを分離するための委員会等設置会社が認められるようになっている。 コーポレート・ガバナンスが有効に機能すると、ステークホルダーは以下のようなアドバンテージが得られる。 (1) 経営者の独走・暴走を株主がチェックでき、阻止できる (2) 組織ぐるみの違法行為をチェックでき、阻止できる (3) 企業理念を実現するために、全役員・社員の業務活動が方向づけられる さらにコーポレート・ガバナンスを適切に機能させるには、以下の要素が必要となる ·         経営の透明性と健全性、および法令順守 ·         すべてのステークホルダーへのAccountabilityの徹底 ·         迅速かつ適切な情報開示 ·         経営者および各層の経営管理者の責任の明確化 ·         内部統制の確立 以下はOECD Principles of Corporate Governanceによる説明で、上述の日本語とこの英語を比較しても大きな違いはない。 "Corporate governance involves a set of relationships between a company’s management, its board, its shareholders and other stakeholders. Corporate governance also provides the structure through which the objectives of the company are set, and the means of attaining those objectives and monitoring performance are determined." Wikiには以下のようなCorporate Governance(コーポレート・ガバナンス)のPrinciplesが挙がっていた。 ·         Rights and equitable treatment of shareholders ·         Interests of other stakeholders ·         Role and responsibilities of the board ·         Integrity and ethical behavior ·         Disclosure and transparency この英文で出てくる「Integrity」と「Ethical Behavior」は重要なキーワードで、Peter Druckerはこの「Integrity」は、経営者にとって最も重要な資質として挙げている。また、これは学ぶことができにくいもので、あえて日本語訳すると「真摯さ」となる。彼はこの資質に関して、「部下たちは、無能、無知、頼りなさ、不作法など、ほとんどのことは許す。しかし、真摯さの欠如だけは許さない。真摯さに欠ける者は、いかに知識があり才気があり仕事ができようとも、組織を腐敗させる。」という。 「倫理と道徳」の両輪があってこそ、集団における「コーポレート・ガバナンス」は機能する また、私があえてここで「Integrity」と一緒に重要視したいのは「Ethical Behavior」である。この場合の「Ethical」は、日本語で「倫理」あるいは「道徳」と訳されることがあるが、この場合は「倫理および道徳的的な行動」と2つを同列に持ってきて訳すべきだと思う。理由は簡単で、以下に挙げるブログ「生きる道草」による「倫理」と「道徳」の意味の違いを考えれば、よく理解できる。 ·         倫理:社会集団の規範 ·         道徳:普遍的な人としての心のあり方 例①       倫理は、「嘘をつけば人として信用されなくなるから、嘘をつくべきではない」と規範の正当性を大切にする。 例②       道徳は、「人を騙すのは良くないので、嘘をついてはならない」と人としての道を示す。 ·         道徳だけでは、本当に正しい事なのかを検証出来ないので、倫理によって、その正当性を考える必要がある。よって、道徳と倫理が二つとも備わっていなければ、意味がない。 ·         どんなに良い行いをしても、その動機が不純であれば、道徳が欠けており、どんなに悪い行いをしても、悪意や身勝手さが無ければ、倫理が欠けていると定義出来る。 上述した三菱自動車の不祥事は25年という長期間、さらにそれ以外にも三菱自動車は度々リコール隠し問題などを発生させており、完全に人としての道を示す「道徳(=個人)」も、集団としての規範の正当性を大切にする「倫理(=集団)」も欠落している。すなわち、完全にコーポレート・ガバナンスが停止している企業といえる。  車を運転するということは「死」と向かい合うこと 自分が長年ビジネスで自動車製造メーカーの商品企画に携わっているせいか、生活における「車」というもののPro & Conを真剣に実感している。公共交通機関が整っている日本と違い、常に車を運転する状況に直面するアメリカにおいて、「車」の持つ意味は大きい。「車には人の命がかかっている」、自分が運転しなくても、歩いているだけでも事故死する可能性は大いにある。燃費の不正データは、人によっては「たかがちょっとした数字の違いだろう」と言う人もいるが、「不正」は「不正」であり、それは「虚偽=嘘」で、こういう「虚偽」を黙認してきた企業は、経営者も含めて企業そのものに「Integrity(真摯さ)」が欠落している。それは実に恐ろしいことで、そうした企業に「命を預ける車」を製造してもらっては、いけない。また、そうした不正を防止するための「コーポレート・ガバナンス」が、単なる綺麗ごとのお題目であってはならない。経営トップから製造にかかわる現場の1人1人まで、この重要なPrinciplesである「Integrity and ethical behavior」の認識を持ち、「道徳と倫理」という2つの両輪に支えられた意識を持つ必要がある。 「空気は目に見えない、すなわち読めるものではない。空気は人が生きるために吸うものである。」そんなことを思わせる、昨今の自動車業界の不祥事である。まずは本質的な部分の認識から始めるべきではないかと思う。

もちろんこの2社のデータ改ざんの意味合いは異なる。三菱は、25年前から法令と違う測定方法を採用し、虚偽のデータを作り、消費者に対して燃費をよく見せるという行為を意図的に行ってきた。スズキ自動車の場合は、「テストコースは海の近くにあり、風の影響で計測結果にばらつきが大きいため、つい装置ごとの実測値を使ってしまった」と釈明して、意図的に燃費をよく見せるための不正ではないと主張している。ただし、両社とも一般消費者に、「虚偽=嘘」のデータを公表していたことは事実で、「見つからなければ、いいじゃない」といった日和見的態度で、長年経営者も含めて企業全体がこれを容認してきたように思う。

 「空気を読めよ!」という集団における無言の圧力

この「見つからなければ、いいじゃない」というマインドセットは、Corporate Governance(コーポレート・ガバナンス)が正常に機能できない原因をつくる、最も不適切なAttitude(姿勢・態度)である。またこれは、日本の企業でよく見られる、あるいは暗黙のうちに実行される、企業内の人間が周囲の「空気」を読んで行動する特性と、符合する。「空気を読めよ」という無言の圧力は、日本ではさまざまな場で発生するが、企業内でこれが発生すると、例え「個人としてはこれは不適切あるいは不正である」と思っていても、周囲の圧力が強い場合はそれが言い出せず、「自社のためなんだ」という曖昧な納得の仕方で「見ないふり」をしてしまうことがある。この「見ないふり」は、そのうちそれが「不正」であったことを忘れさせ、「責任」の所在の曖昧さの中で、Accountabilityを問わない日本的な気質に、そのまま流れていってしまう。

 Corporate Governance(コーポレート・ガバナンス)って何なんだ?

コーポレート・ガバナンスの定義は「株主、金融関係者、債権者、役員、社員」といった企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)が、企業活動を監視して、健全かつ効率的な経営を達成するための仕組み」である。欧米では1980年代に、企業の業績悪化や不祥事発生の原因が経営者の専制的な支配にあったという認識から、企業の統治を改善する動きが生まれた。ここから、企業の業務を執行する機能(マネージメント)と経営者の執行活動を監視する機能(ガバナンス)とを分離することが求められるようになった。日本でも2003年4月商法改正により、マネージメントとガバナンスを分離するための委員会等設置会社が認められるようになっている。

コーポレート・ガバナンスが有効に機能すると、ステークホルダーは以下のようなアドバンテージが得られる。

(1) 経営者の独走・暴走を株主がチェックでき、阻止できる

(2) 組織ぐるみの違法行為をチェックでき、阻止できる

(3) 企業理念を実現するために、全役員・社員の業務活動が方向づけられる

さらにコーポレート・ガバナンスを適切に機能させるには、以下の要素が必要となる

·         経営の透明性と健全性、および法令順守

·         すべてのステークホルダーへのAccountabilityの徹底

·         迅速かつ適切な情報開示

·         経営者および各層の経営管理者の責任の明確化

·         内部統制の確立

以下はOECD Principles of Corporate Governanceによる説明で、上述の日本語とこの英語を比較しても大きな違いはない。
"Corporate governance involves a set of relationships between a company’s management, its board, its shareholders and other stakeholders. Corporate governance also provides the structure through which the objectives of the company are set, and the means of attaining those objectives and monitoring performance are determined."

Wikiには以下のようなCorporate Governance(コーポレート・ガバナンス)のPrinciplesが挙がっていた。

·         Rights and equitable treatment of shareholders

·         Interests of other stakeholders

·         Role and responsibilities of the board

·         Integrity and ethical behavior

·         Disclosure and transparency

この英文で出てくる「Integrity」と「Ethical Behavior」は重要なキーワードで、Peter Druckerはこの「Integrity」は、経営者にとって最も重要な資質として挙げている。また、これは学ぶことができにくいもので、あえて日本語訳すると「真摯さ」となる。彼はこの資質に関して、「部下たちは、無能、無知、頼りなさ、不作法など、ほとんどのことは許す。しかし、真摯さの欠如だけは許さない。真摯さに欠ける者は、いかに知識があり才気があり仕事ができようとも、組織を腐敗させる。」という

「倫理と道徳」の両輪があってこそ、集団における「コーポレート・ガバナンス」は機能する

また、私があえてここで「Integrity」と一緒に重要視したいのはEthical Behavior」である。この場合の「Ethical」は、日本語で「倫理」あるいは「道徳」と訳されることがあるが、この場合は「倫理および道徳的的な行動」と2つを同列に持ってきて訳すべきだと思う。理由は簡単で、以下に挙げるブログ「生きる道草」による「倫理」と「道徳」の意味の違いを考えれば、よく理解できる。

·         倫理:社会集団の規範

·         道徳:普遍的な人としての心のあり方

例①       倫理は、「嘘をつけば人として信用されなくなるから、嘘をつくべきではない」と規範の正当性を大切にする。

例②       道徳は、「人を騙すのは良くないので、嘘をついてはならない」と人としての道を示す。

·         道徳だけでは、本当に正しい事なのかを検証出来ないので、倫理によって、その正当性を考える必要がある。よって、道徳と倫理が二つとも備わっていなければ、意味がない。

·         どんなに良い行いをしても、その動機が不純であれば、道徳が欠けており、どんなに悪い行いをしても、悪意や身勝手さが無ければ、倫理が欠けていると定義出来る。

上述した三菱自動車の不祥事は25年という長期間、さらにそれ以外にも三菱自動車は度々リコール隠し問題などを発生させており、完全に人としての道を示す「道徳(=個人)」も、集団としての規範の正当性を大切にする「倫理(=集団)」も欠落している。すなわち、完全にコーポレート・ガバナンスが停止している企業といえる。

 車を運転するということは「死」と向かい合うこと

自分が長年ビジネスで自動車製造メーカーの商品企画に携わっているせいか、生活における「車」というもののPro & Conを真剣に実感している。公共交通機関が整っている日本と違い、常に車を運転する状況に直面するアメリカにおいて、「車」の持つ意味は大きい。「車には人の命がかかっている」、自分が運転しなくても、歩いているだけでも事故死する可能性は大いにある。燃費の不正データは、人によっては「たかがちょっとした数字の違いだろう」と言う人もいるが、「不正」は「不正」であり、それは「虚偽=嘘」で、こういう「虚偽」を黙認してきた企業は、経営者も含めて企業そのものに「Integrity(真摯さ)」が欠落している。それは実に恐ろしいことで、そうした企業に「命を預ける車」を製造してもらっては、いけない。また、そうした不正を防止するための「コーポレート・ガバナンス」が、単なる綺麗ごとのお題目であってはならない。経営トップから製造にかかわる現場の1人1人まで、この重要なPrinciplesである「Integrity and ethical behavior」の認識を持ち、「道徳と倫理」という2つの両輪に支えられた意識を持つ必要がある。

「空気は目に見えない、すなわち読めるものではない。空気は人が生きるために吸うものである。」そんなことを思わせる、昨今の自動車業界の不祥事である。まずは本質的な部分の認識から始めるべきではないかと思う。

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たまにはJaMのことを語りつつ、米国市場のブランディングの話を!

日本人血中濃度を保ちつつアメリカ人の価値観を実感できる感覚

前回の日本出張時にMembersの主催で実施した「USにおけるブランド・コミュニケーション」のセミナーの後、米国市場へのニーズを抱えている何人かの企業の方たちにお会いした。彼らとのミーティングで、日本で製作した英語のコンテンツに関して、「これを見せた時、大柴さんと同じ反応をアメリカのスタッフはしました」、「米国支社のアメリカ人から同じことを指摘されました」という言葉が聞かれた。

Members Seminar_02_24_16.png

日本で生まれて38歳の時に米国に移住した私は、永住者として生活しているが、アメリカ市民になる気がさらさらなく、次の永住権の有効期限2019年6月に、このまま日本国籍のまま更新する予定である(日本人である私が、ある日突然アメリカ人になるという事実が、個人的に実に奇妙で違和感があり、その気になれない)。家族は夫および義理の子供たちも含めて全てアメリカ人で、あまり日本人コミュニティのお付き合いがないせいか、私の発想や感覚は過去20年の滞米生活でかなりの濃度でアメリカナイズされていると思う。

これが実は1998年にスタートした私の会社JaMStrengthである。日本人のマーケターでありながら、アメリカ人の生活者としての自然な感覚が身についたことによって、米国市場をターゲットとする日本企業に「米国消費者のValues、Lifestyle & Life Stage、メディア消費、購買心理&購買行動などに関するInsightを提供する」ことが可能となる。

日本から米国市場にReach Outするには「AUDIENCE」の理解が必須

今回の日本出張で異なる業界の企業の方たちにお会いして、最も実感したことは、「日本市場の成長性の限界を多くの企業が認識し始め、従来あまり注力できなかった(あるいは販社や現地法人に任せっきりだった)米国市場へ、日本のHQが本気で働きかけようとし始めている」という点である。これは過去10年間私が毎回の日本出張で言い続けてきたことで、どうやらその意味を真剣に考える企業が確実に出てきているらしい。

自国以外のオーディエンスを相手にビジネスあるいはマーケティングする場合、最も重要なことは何か? 最もシンプルな質問、すなわち “Whom Am I Talking To?(自分は誰に話しかけているのか?)” に確実に答えられるかどうかという点である。このためには、以下のようにアルファベットの頭文字をとったAUDIENCE」を把握することが重要となる。これは、パブリックスピーキングのコーチであるLenny Laskowskiがスピーカーとして成功するために必要なものとして挙げたものであるが、私はこれをビジネス&マーケティングの戦略開発のために活用している。出典:Public speaking coach Lenny Laskowski

“AUDIENCE”:

·         Analysis(分析):彼らはいったい何者なのか? 何人に向かって話しているのか?

·         Understanding(理解度):話す内容に関して彼らはどこまでナレッジを持っているのか?

·         Demographics(統計学的属性):年齢、性別、学歴、年収、その他の属性

·         Interest(関心事):なぜ彼らは関心を持っているのか? 誰かによって影響されているのか?

·         Environment(周囲を取り巻く環境):自分を取り巻く環境は? 彼らは自分を見えるのか?

·         Needs(ニーズ):彼らのニーズは何か? マーケターとしての自分のニーズは何か?

·         Customized(カスタマイズ):自分が取り組む必要のある特定のニーズとは何か?

·         Expectations(期待):彼らが自分から学びたい(聞きたい)と期待していることは何か? 

どこまで自分ごととして捉えながら、プロのマーケターとして分析できるかが鍵

AUDIENCE」は、定量と定性的なデータが入り混じり、さらにそれらが本当に正しいのかを証明することが非常に難しい要素となっているが、できる限り事前にこれらを調査・分析し、企業やブランドのその市場における立ち位置と「ターゲットオーディエンス」のリアリティを把握する必要がある。また、調査結果やデータは恣意的な活用が可能で、取り扱い者によって、如何ようにも解釈できてしまう場合があり、誰がそれを分析するかが重要な鍵となる。JaMの場合は、まず事実を把握するためにオンラインを主体としたSecondary Researchを行い、それにネットワークや周囲の生活者への聞き取りを加え、最後にマーケター&生活者としての実感レベルのInsightを合わせる。またJaMのクライアントの場合は、往々にしてすでに米国に現地法人、販社、代理店などを持つ企業が多いが、彼らの興味の中心は「今のセールス」で、フォーカスは「今の顧客」である。JaMがやるべきことは、彼らの直近のビジネスでは見えにくい部分や、潜在的な顧客の発掘といった「ビジネスの成長に関連するFindings」を、ニュートラルな立場で炙り出すことにある。

 若年層抜きにはブランディングは考えられない

1999年San FranciscoでX Gamesが初めて開催されて、大いに刺激された私はインラインスケートを早速購入し、当時のGeneration XX Games絡みの記事を発信し始めた。これがきかっけで、インラインスケートの世界の王者の安床ブラザースと父親の安床由紀夫さんと個人的な親交がはじまり、その後「クリックするために生まれきたGen Y」というフレーズで、日本にMillennialsを真っ先に紹介し、今はGeneration Zというその下の層の動きを定点的に見つめている。すでにMillennialsとGen Zは米国人口の半分を占めるほど巨大な市場に成長し、Millennialsは家庭を持ち社会的な基盤を築き始めている。

私は常々「ブランドは常に若い層に愛されなければならない」という点を重視しており、ブランドの寿命100年説は、過去の歴史を見ても証明されている。どんな素晴らしい老舗ブランドも、思い切って生まれ変わらなければ、その命は尽きる。そのためには、常にブランドはBoldな新陳代謝を繰り返し、実際のターゲットオーディエンスよりも下の層が憧れるようなメッセージングをすべきである。またブランドは、積極的に若年層がいるプラットフォーム(例えばSnapchatとか)に出かけてプレゼンスを確立し、彼らが好む ”Visual Influence”を意識して、彼らとエンゲージできるような視覚的なメッセージを発信し続けなければならない。

民主党の大統領候補に立候補しているBernie Sandersの広告 “TOGETHER”は、まさにその成功事例で、シンプルなメッセージを「ゴージャスなマナー」で、アメリカという国を構成するDiversityを視覚的効果を最大限に生かして「見せる広告」として仕上げている。これは、Sandersを支持するMillennialsによるMillennialsのためのブランディングキャンペーンとなり、あっという間にバイラル化した(Vimeoで280万のView)。その結果、民主党の3月の政治献金はSandersが4,400万ドルとClintonの2,950万ドルを多く引き離した。Sandersの場合は、大企業や大手政治団体による献金ではなく、1人平均$30という個人がSandersに投資したエンゲージメントの積み上げである。

あらゆるマーケティング機会で実験し続けるAttitudeが成功の鍵           

米国市場はいまさら言うまでもなく、様々な異なる人々が「アメリカ」という政治的な枠組みの中で暮らしており、日本市場とは大きく異なる。ただし、アメリカに暮らしていて常々実感することは、この国では様々な実験的な試みが可能で、それを実行するRisk Takingを恐れない企業が成功するという事実である。また先進国で未だに人口が増え続けている超大国アメリカを抜きに、企業の今後の成長を語ることは難しい。未知なるマーケットに入る場合は、「失敗を経験」と考えるAttitudeが必要で、現地に詳しい適切な水先案内人をパートナーとして選び、戦術ではなく戦略的な考えと動きで実験を繰り返しながら、ターゲットオーディエンスとエンゲージしていくことが重要となる。

アメリカ市場参入あるいは拡大を考えている企業は、まずJaMにコンタクトしてほしい。お互いのChemistryがあえば、譜面以上の良い音楽が生まれ、面白いJaM Sessionが可能になると思う。

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Diversity - なぜ女性は給与待遇面でタフなネゴシエイターになれないのか?

女性CEOの給与が5,320万ドル!

前回のブログで、男性(あるいは女性も含む)は「職場で女性は感情的になりやすいので、発言に必要以上に気を使わなければならない」というステレオタイプな見方をもち、女性の上司・同僚・部下に抵抗感があるという点を指摘した。そん中今週のSF Chronicleの記事で、Oracleco-CEOのSafra Catzが2015年の会計年度のCompensation packageが5,320万ドル(ちなみに1/21時点で円換算すると62億6,536万4,000円)と聞いて、「ほほう」と思わずうなった。この金額は2016年1月時点の各企業の株価で試算された数字だと思うが(給与パッケージにはボーナスや株式が含まれている)、彼女は現在米国の上場大企業の中で最も稼ぐ女性となった。彼女の後に続くのは、昨年まで全米女性CEOのトップの稼ぎ頭だったYahooのCEOのMayer、3位以下はバイオテックのUnited TherapeuticsのCEOのRothblatt、AppleのSVPのAhrendts、ファッションブランドKate SpadeのChief Creative OfficerのLloydとなっている。

  1. Safra Catz(Oracle Corp.のCEO)5,320万ドル
  2. Marissa Mayer(YahooのCEO)4,208万ドル
  3. Martine Rothblatt(United TherapeuticsのCEO)3,158万ドル
  4. Angela Ahrendts(AppleのSVP, retail and online stores)2,577万ドル
  5. Deborah Lloyd(Kate SpadeのChief Creative Officer)2,496万ドル

出典:SF Chronicleの記事。データはEquilarによる最新の年次レポートによるもの。

「社内の解決すべき問題をすべて解決して」CEOに登りつめた女性

Fortune Magazineによれば、1999年Senior Vice Presidentとして雇用されたCatzは、彼女の言葉を借りれば “I’m here to help Larry” という理由で、創設者のLarry Ellisonという稀代のColorfulな人物に雇用され、重用されている。当初は彼女のへの見方は中々厳しかったようであるが、記事によれば、彼女はLarry Ellisonの「go-to person(頼りになる人)」として信頼され、Oracle内で解決されなければならない問題を全てフィックスする人物の1人として、過去10年間Oracleの成功の多くは彼女の貢献によるものであるという。彼女は1999年以来、CFO、President、co-CEOときっちりと階段を上っている。また彼女の給与は同僚のco-CEOのMark Hurdと同じで、ここにGenderによる差別はなく、彼女の仕事がきっちり評価されていることがよくわかる。

カリフォルニア州の大企業のCEOの給与の中間値は、女性のほうが男性より200万ドル高い

UC Davisによる女性のリーダー達の給与に関する調査UC DAVIS STUDY OF CALIFORNIA WOMEN BUSINESS LEADERS」によると、カリフォルニア州の大企業だけに絞って女性のCEOの給与を見てみると(上記の表)、女性のCEOの給与の中間値は660万ドルと男性の中間値の460万ドルより200万ドルも高い。これは、通常の男女格差の逆のパターンである。これをCEOではなくExecutiveに落としてみると、2015年では男性は213万ドル、女性は186万ドルと、女性のほうが給与の中間値は27万ドルも低い数字となる。この場合の対象Executiveは1,814人で、そのうち男性が1,624人で女性は190人(全体の10.47%)である。

では、CEOの給与の中間値ではなぜ男女の逆転が起きたのか?理由として考えられるのは、前回のブログでも触れた、女性のCEOの絶対数が足りないという点である。実際に調査対象の399人のCEOのうち、わずか17人しか女性のCEOは存在せず(全体の4.3%)、自社のDiversity実現のために意図的に女性CEOを雇用したい企業は、多額の給与を払わなけれければ女性のCEOは見つからず、結果実際のその女性の能力以上(Overqualified)の給与金額を提示しなければならないという皮肉な見方もある。

「タフなネゴシエイター」は女性の褒め言葉にならない

それでは、この17人の高額給与を勝ち得た女性CEOたちに共通する資質とは何なんだろう? 記事によると、彼女たちは、女性が職場で最も苦手とする「給与待遇に関する交渉能力が高い女性達」であるという。未だに「Boys‘ Club(男性優位社会)の大企業」の出世の階段を這い上がるには、「タフな交渉能力を発揮することを厭わない」という資質が要求される。この分析は確かに1つの要因として同意できる。私自身の過去の経験に照らし合わせてみても、女性が給与や待遇面で「タフ」となった途端に、今までその女性に好意的だった人たち(男性も女性も含めて)が、その女性に対してネガティブに見始めることが多い。理由は「女性は自己主張せずに控えめであるべき」という古典的な社会通念がいまだにくすぶっているからである。また、それを最も気にしているのは、むしろ女性達のほうで、「Bossy(偉ぶっている)」と見られるのを避けるために、「自分を高く売るための交渉」をしない女性が多い。確かに、男性にとっての褒め言葉である「タフなネゴシエイター」という評価は、女性には中々そのまま適用されない。非論理的な見方であるが、多くの女性達はこの心理的な葛藤と戦いながら、ビジネス社会の階段を上ろうとしており、そうした社会的圧力に屈しない女性達が、まだまだ少ないというのが現状である。

女性個人としての立場を離れれば、女性はいくらでもビジネスで「タフ」になれる

ただし、もう1つ面白い点は、自分個人に落ちてくることでなければ、女性はいくらでも「タフなネゴシエイター」になれるという点である。多くのビジネスウーマンは、「タフな交渉(何とか交渉をまとめようとして、粘り強くお互いの着地点を見つけようとする)」を、自分の業務に関して実行している。また、それを企業も社会もきちんと評価している。これは実に奇妙な現象で、女性としての個人的な評価と女性のビジネスにおける評価が、場合によっては別な物差しで測られ、それを社会が黙認しているというダブルスタンダードの存在である。

過去の経験-私がタフなネゴシエイターになると「生意気な女」といわれる

私自身に置き換えると、ある日本の大手企業のビジネス交渉の代理として、米国企業を相手にネゴシエイションをしたプロジェクトで、ディスカッションの場では何も言わなかったクライアントが、私の不在のディナーの席上で「あの女は何だ、生意気だ。自分で仕切ろうとしている」と発言したという例が挙げられる(彼はまさかその場にいた男性の1人がそれを私に語るとは思っても見なかったと思う)。私はこれを後で聞かされて、「タフなネゴシエイション」を依頼されたのに、それを女性である私がやると「生意気」に見えるという、彼の感じ方が何とも言えずおかしかった。この手の冗談みたいな話は、私の経験の中にいくらでもあるが、私のような一本独鈷のビジネスパーソンと違って、大企業の中で階段を上ろうとする女性達によって、実に悩ましい問題であると思う。

「大切な自分の能力を高く売ることは決して悪いことではない」

上の世代と異なり、若い世代の社会的通念はどんどん変化しており、男女格差はこれからいろんな場面で是正されると思う。Diversityに関して、一言で言えば、「人間としてその人を公平に見て尊敬する」ということに集約されると思う。給与や待遇面での交渉は、例えば他との比較可能なデータを用いて、理詰めで自分自身のパフォーマンスを表現するといったやり方の工夫で、心理的な葛藤は超えられると思う。「大切な自分の能力を高く売ることは決して悪いことではない」、これを女性達に肝に銘じて欲しい。

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Diversity - なぜ職場で女性に気を使わなければならいんだろう?

Diversity」 っていう言葉がやたらと鳴り響くシリコンバレーにおいて、相変わらず女性のリーダーシップに関しては、大して向上している様子が見られず、毎回さまざまなところで、この問題が取り上げられている。上記の表は、SF ChronicleがSFベイエリアのトップ上場テック企業15社の職場における女性のリーダーシップの比率を取り上げたものである。

 女性のリーダーシップに関しては20%を超える企業が少ない中で、トップのCiscoの35.7%は、Appleの15.8%やIntelの15.6%に比べると、Diversityをかなり意識して向上を図っているように思える。もちろん著名な女性のCクラスを持つシリコンバレーのテック企業もあるが(FacebookのCOOのSheryl Sandberg、 AlphabetのCFOのRuth Poratなど)、彼女たちのCクラスの同僚はほとんどが男性であるため、Diversityには程遠い。

米国全体の企業で見た場合、McKinsey& Companyの調査によれば、上記の表にあるように、エントリーレベルでは女性は45%を占めるが、Manager 37%、 Senior Manager/ Director 32%、VP 27%、SVP 23%、 C-Suite 17%と、上に行けば行くほど比率は見事に落ちていく。ただし2012年当時と比べれば、わずかずつではあるが、女性の占める比率は徐々に上昇している。実際、男性の理解ある笑顔と表向きの言葉の裏側には「Sexismが存在する」と多くの人たちが指摘する。確かにそれは「存在」する。ただし、それは単純に男性だけの問題であるとも言えない。

 私の過去の長いビジネス経験において、大昔であるが「女性」の部下への抵抗感というべき、苦い経験がある。もうかれこれ35年以上前の話だが、日本の広告代理店時代に、上司にどうしても私の部下に「女性」を選んでほしいという指示が来て、結果1人の女性と一緒にチームを組んで仕事をした。正直言って、当時は私も、男性の上司に「バカヤロー」と怒鳴られて頭をパカーンと殴られる(そんなに痛くはない)ぐらい荒っぽく鍛えられていた時代で、自分自身よく男性の部下を怒鳴った(もちろん殴るといったことはしない)。この場合はもう少し正確に言うと「歯に衣を着せず」に率直に進言したというのが正しい表現だと思う。ところが初の「女性の部下」にはそれが一切できず、逆に彼女が感情的に落ち込まないように、やたらと気を使って、とにかく「気持ちよく」仕事ができなかったことを思い出す。

ある日上司から、「彼女の服装に関して、ジーンズの上下は営業としてクライアントのオフィスに行くのにふさわしくない。自分が言うと角が立つから、女性のお前から言ってほしい」という命令が下った。私はなぜこんなことを私が言わなければならないんだろうと思いながら、業務終了後にそっと「私もジーンズは大好きで、あなたの服装のセンスはいいと思うけど、オフィスには向かないと思う。今後はジーンズの上下は避けたほうがいい」と、気を使いながら話した。ところが、彼女は話の途中でわーっと泣き始めてしまった。あの時の彼女の反応と、その後の周囲の「大柴がだれそれをいじめて泣かせた」という声には、私は大いに驚愕した。

もちろん、これは特殊な例で、女性だからといって、誰もが彼女のように感情的になるとは言えないが、私はあの時以来職場における「女性への抵抗感」がTraumaとしてこびりついてしまった。これも言ってみれば、ある種のSexismで、私はその後、何人かの優秀な女性たちと仕事をすることによって、それを克服し、現在はGenderを基にしたステレオタイプな見方を、ビジネス上ですることは全くない。むしろ「そういえば、あの人は男性だった、あるいは女性だった」と、後でビジネスパーソンのGenderに気がつくほどである。

上述のデータを見た後に、周囲のアメリカ人の男性に本音を聞いてみたが、比較的リベラルな男性でも「女性と仕事をする面倒くささ」を指摘していた。彼曰く「男性同士ならば、かなり激しい言葉で議論しあっても、その後はけろりとして、特に感情的なしこりを考えずに、支障なく仕事ができるが、女性に対してはそれができない、特に自分は。また何かちょっとした言動で、そうではないのにSexism的に捉えられる可能性もあり、とにかくDealするのが面倒くさい」という本音が漏れた。これはアメリカ人男性に限った悩みではなく、日本の男性経営者やビジネスマンからも、こうした悩みを訴えられたことがある。

「なぜビジネス上で、女性に対しては、誰もが気を使わなければならないんだろう?」この原因は以前ブログでも書いたが、今でも女性社員の絶対数が少ない業界は、男性が多くの女性と一緒に仕事をする経験が少ないために、「玉石混交」の「石」状態の女性と仕事をする確率が高く、その結果「玉」状態の女性に出会う可能性が低いためである。「玉」と仕事すれば、誰でもその人のGenderなんて、気にも留めず、よいビジネス経験が得られる。上述のシリコンバレーには、まだまだ「玉」を産むほど女性社員の絶対数が少なく、全米レベルでCクラスの女性が少ないのも、同様の理由である。

今年は米国大統領選挙で民主党のHillary Clintonや共和党のCarly Fiorinaという2人の女性候補者がキャンペーン中であるが、一事が万事「女性である」ことが前面に出てきて、私個人としては見ていて、うっとおしいというのが本音である。私より上の世代は「初の女性大統領」ということにこだわっているが、私は女性云々というよりも「その人物は米国大統領にふさわしいかどうか?」を見たいし、8年前にObamaが大統領に選出された時も「初のアフリカ系アメリカ人の大統領」という側面のみで選ばれた訳ではない。ただ難しいのは、ObamaやHillaryへ向けられる「視線や見解」をみるにつけ、今後どれだけ多くのアフリカ系アメリカ人や女性の大統領候補が出るかという点である。どう考えても割に合わない職業で、これは大企業のCクラスやSVP & VPの女性の数の少なさとは異なる問題だと思う。

Sexismをなくす為には、当然なことであるが、より多くの女性たちが、どんどん女性が少ない業界に入っていって、その絶対数を引き上げることが肝要である。マーケターが最もCareする「消費者の顧客経験」と同様に、男性(あるいは女性も含めて)が、多くの女性の同僚と「よいビジネス経験&職場経験」をし続けると、ステレオタイプな見方は自然に消滅していく。企業は外に向かって「Diversity」を企業広報的に語るのではなく、まずトップからフロントラインに立つ社員1人1人まで、それをカルチャーの一部としてしっかり受け止めて、社内で徹底させることが重要で、単なるプログラムに終わらせない企業がもっともっと増えることを望む。 

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2016年のキーワードは「Internet of Me(IoM)」になるんだろうと思う。

2015年もあとわずかとなり、ブログを書かねばと思い立ち、なんと813日以来ブログを書いていないことに、改めて気づく。いかに過去4ヶ月間が怒涛の調査レポート作成の日々であったかを、改めて実感。この4ヶ月間のBlog-less(ブログレス=言い訳に過ぎないが)の日々はこれを証明している(いいえ、していない)。JaMクライアントは実に多岐に渡るために、調査分析してまとめたプロジェクトレポートのテーマは、以下のごとくばらんばらん。

  • IoT (Internet of Things)
  • IoM (Internet of Me)
  • 米国オムニチャネルの最新動向
  • 米国消費者が関心を持つ最新のアプリ、ツール、サービスのトレンド
  • 日本企業のグローバル市場向けのコーポレートメッセージ
  • 米国のOTC、スキンケア製品、パーソナルケア製品などの最新動向
  • 米国消費者の4つの世代別価値観& 消費者行動(Silent, Boomers, Gen X, Gen Y=Millennials, Gen Z)
  • 医療業界における医師向けのマーケティング
  • etc...

 よくまあこれだけの内容を短期間で仕上げたと我ながら驚く。どれもこれもまじめに物事を突き詰めてまとめようとすると、100ページ以上(モノによっては200ページ)のPPTレポートとなるが、幸運なことに多くのクライアントから、こうした弊社の調査分析、洞察、および提案に「期待以上」であると、お褒めと満足の言葉を頂き、今後も継続してプロジェクト化していく、あるいはその可能性を示唆していただいている。年末にこういう声を聞くと、社員一同、心から嬉しく思い安らかな気持ちで新年を迎えられる。ただし、クライアントも私たちもそうであるが、休日や祝祭日に休むという発想はほとんどなく、コミュニケーションは36524時間、常に「On」になっており、正月休みに勉強がてらレポートを読み込むと言われて、「年明け」という言葉に関係なく、今年もギリギリまでレポートの納品に追われている。

 Adobe Digital Trendsの最新調査では、2015年末までに週末のウェブブラウジングは50%以上がモバイルトラフィックになると予測し、2016年には平日もデスクトップを抜いてモバイルアクセスが半数以上になると推測している。この調査は7-11月のソーシャルメディアにおける2000万以上のmentionspage likesfollowersなどを集計したもの。モバイルデバイスの普及は、我々の生活から「On & Off」の境目をなくし、常に「online」状態で生活するという、逃げ場のない「待ったなし」のライフスタイルが作り上げた。実際常に「On」でいることのアドバンテージは本当にあるのか?とつくづく考えてしまう。Smartphonenotificationoffにしていても、ちょっとでも間が空くとすぐに何かをチェックしたくなり、運転中でもこの欲望を抑えるのに苦労する。はっきり言えば、世界中の「Smartphone保有者(=うつむき族)」は、この「Addiction」から逃れられない中毒患者で、その症状は悪化している。また多くの人たちが(大人も子供も含めて世代を超えて)常にうつむくことに慣れてしまい、社会がそれを日常的な行動として受け入れてしまったことも、この症状を加速化させているように思う。ファンシーなレストランでお洒落なカップルが、相手がレストルームに立った瞬間にSmartphoneを手にしてうつむく姿を見ると、ああ世界はこうなったんだと思う。

 自分の仕事上のことに戻れば、eMarketerによる最新調査では、 英国は2016年デジタル広告がトラディショナルな広告を追い越して、媒体広告費の51.9%を占めると予測 しており、それに続くのが中国、デンマーク、オーストラリア、ノルウエイで、日本は2019年になってもデジタル広告は30%に届かないという。これは自分自身の米国での生活をちょっと振り返ればすぐに分かる。企業がトラディショナルな広告を使って、その企業あるいはブランドのターゲットオーディエンスにエンゲージしようとするのはかなりの荒業で、ギャンブルに近いような感覚を覚える。理由はトラディショナルな広告にターゲットオーディエンスが触れる機会が非常に低下しているという点である。

我が家はまだケーブルカンパニーに毎月多額の金額を払って「TV」を視聴している。しかし観ていない、本当に驚くほどTVをきちんと観ておらず、夕食とその後の1時間の夫婦の会話のために、バックグランド的に使っているだけである。私の義理の娘も息子(独身のアメリカ人たち)ももちろんケーブルTVなどを彼らの家ではサブスクライブしておらず、彼らがTVを観たいと思うのはライブのスポーツイベントだけで、彼らはその時はスポーツバーなどで観戦する。

ちなみにうちの子供たちのようなCord CuttersTV視聴にお金を払わないがモバイルデバイスあるいは自宅でインターネットにアクセスする人々)」は最新の調査では米国世帯の10.6%を占めており、これがMillennials(ミレニアルズ=ジェネレーションY: 18-34歳)世帯になると20%まで増加するexperian.com/consumer-insightsによる)。こうしたリアリティが進行する中、ターゲットオーディエンスにReach outするには、当然のように「デジタル広告(ただしディスプレイ広告はユーザーがBlind状態で視覚の中に入っていても完全に意識を遮断しているので見ていない)」に移行するのは必定である。

 常にOnline状態の現代の一般消費者の心理を簡単に言えば、"I want what I want when, where, and how I want it"である。彼らは、すべてのデジタル経験の中心に自分がいることを望み、自分が望むようにパーソナライズされたインターネット経験「Internet of MeIoM)」を求めている。2014年にWiredはこうした現象を、“The Internet you experience, is as unique to you as your fingerprint. と表現して、インターネット経験は個人の指紋のようにユニークなものであるとした。この概念を理解せずに、「IoT (Internet of Things)」という「モノのインターネット」にフォーカスした製品やサービスを構築しようとしても失敗する可能性が高い。

過去何年間の間で作られた「IoT」関連のサービスや製品は、企業側の思惑や技術を優先した結果、エンドユーザーから見ると不必要にバラバラにつながっているものやアイディアが多く、ユーザーがそれによって得られると期待していた「Smarterな生活」をもたらしていない。ユーザーが、モノやサービスを高いあるいは購入するのではなかったと感じるのは、提供される「価値」がユーザーの期待値に適合しない場合である。

IoM」すなわち「自分を中心とする非常にパーソナライズされた固有なインターネット経験」のマインドセットで生活している現代のユーザーは、自分が購入するモノやサービスが「IoT」であるかどうかを気にしていている訳ではなく、「パーソナライズされた経験を通じて、自分の欲求がその提供されたモノやサービスによって、すぐに叶えられて満足を与えてくれるかどうか?」だけをCare(重視する)している。

Instant Gratification(瞬間的な満足)」に慣れてしまった消費者のデマンドは、企業が思いもよらないほど、日々拡大していることは、自分の気持ちも含めて実感している。実際のところ、米国でも多くの企業はこの「IoM」への対応はまだまだなされておらず、「インターネットで個客体験」を期待する消費者のデマンドに追いついていないのが現状である。2016年はこの課題に挑戦する年となるので、どこがどのように「IoM」を実現させるか、非常に興味深いところである。

多くの消費者は、意識しているかどうかは別にして、「インターネット経験の向上となるようなデータや情報」を、かなり多く企業に投げ出している。トライアンドエラーを恐れない企業は、ユーザーの個人情報を守りながらも、それらをどのように分析活用して、Demandingな消費者を納得させるのか? チャレンジングな試みであるが、多くの企業が直面しなければならない重要な課題である。

 

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GOOGLEのALPHABETは「CHANGE AGENT」へと変身するためのものなのか?

今さらいうまでもなく「知の巨人P. F. Drucker教授」の考え方は、常に先々を予見しており、どの言葉も至言という表現がぴったりで、示唆に富んでいる。昨日のGoogleのホールディングカンパニーAlphabet設立のニュースを聞いて、改めてドラッカー教授の著書「Next Society(ネクスト・ソサエティ)」に出てくる「Change Agent(チェンジ・エージェント)」のことを思い出した。

 創業者のGoogle BoysLarry Page & Sergey Brin)の2人がどこまでドラッカー教授の言う「チェンジ・エージェントへの変身」を意識したかどうか不明だが、以下は、ダイヤモンド社刊の上田惇生訳「Next Society (ネクスト・ソサエティ)」の第1部第7章に出てくる文章で、これをを読み返すと、彼らのアタマに、こうした考えがよぎったような気がする。

「チェンジ・エージェントたれ」

組織が生き残りかつ成功するためには、自らがチェンジ・エージェント、すなわち変革機関とならなければならない。変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化をつくりだすことである。経験の教えるところによれば、既存の組織にイノベーションを移植することは出来ない。組織自らが、全体としてチェンジ・ エージェントへと変身しなければならない。

そのためには、

1に、成功していないものはすべて組織的に廃棄しなければならない。

2に、あらゆる製品、サービス、プロセスを組織的かつ継続的に改善していかなければならい。すなわち日本でいうカイゼンを行わなければならない。

3に、あらゆる成功、特に予期せぬ成功、計画外の成功を追求していかなければならない。

4に、体系的にイノベーションを行っていかなければならない。

 チェンジ・エージェントたるための要点は、組織全体の思考態度を変えることである。全員が、変化を脅威ではなくチャンスとして捉えるようになることである。

説明の必要もないぐらいに、よく知られた考え方だが、私が改めて注目したのは「変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化をつくりだすことである」という指摘である。これは、成功し続けている組織(=企業)が中々実行できない部分で、これを実行できなかった企業は、俗に言う「大企業病」に陥る。この症状は日米を問わず、世界中に蔓延するビジネス疾患で、大きく成長した企業が一度はこの病理に蝕まれ、うまく脱しきれる場合もあるが、脱しきれずに、ビジネスの成長がとまり、市場の変化に対応できず、沈んでいく、大企業も多々ある。

Googleは、Alphabetの傘下に「Moon Shot Projects(月旅行のように野心的なプロジェクト)」と呼ばれる「Google X Lab」、「Calico」、「Life Sciences 」といった、自律走行車やバイオテクノロジー分野の革新的な事業を組み入れて、本体のインターネット事業サービスから切り離す。CEOにはPage、プレジデントにはBrinが就任して、本体のGoogleから独立して運営していく。このニュースを受けて、Googleの株価は昨日4.10%増の$690.30と上昇した。投資家は、この経営判断を、Warren BuffettBerkshire HathawayスタイルのGoogleのコングロマリット化とみなし、先が見えにくくInnovativeであるがRiskyな「Moon Shot Projects」が、いつでも切り離し可能となり、さらに事業形態の「Transparency」が高まると、好意的に判断したようである。

今後のAlphabetの動きで、様々な評価が出てくると思うが、私は創業者2人にとって、「Innovation」の持つ意味は大きく、広告収益に依存する既存のGoogle本体のビジネスの中で、彼らがやりたい「革新的な事業領域で革新的な変化」を起こすことの難しさを実感し、組織自らを「チェンジ・エージェントへ変身すべく」、Alphabet創設を選択したのではないかと思う。また、これは言い換えれば成功した大企業が必ず陥る「大企業病」への「危機意識」で、それを防ぐためには、「自らが変化する必要性に迫られた」ともいえる。

私は199910月集英社の雑誌「BART」の取材のために、編集者と一緒に日本人で初めてBrinに直接インタビューした経験がある。Googleはその年の82500万ドルの資金をVCから調達して、Mountain Viewのオフィスに引っ越してきたばかりで、当時24歳のBrinの部屋には段ボール箱や自転車が置いてあり、スタンフォードの学生の部屋みたいだったのを記憶している。取材後に編集者と2人で「Googleってとんでもない企業になると思う。何とか彼らに投資できないかなあ?」と、暗い駐車場を歩きながら話しあったことを思い出す。あれから16年、まさに予想したとおりになり、あの時の会話にもっと真剣に取り組めばよかったとつくづく実感する。

ドラッカー教授が指摘するように、企業は「チェンジ・エージェント」であり続けなければ、失墜の可能性を常にはらむ。組織全体およびリーダーとなるべき経営者の「変革者」の意識が欠落すると、どんなに優れた企業であっても、成長は鈍化する。GoogleAlphabet創設は、少なくとも将来を見据えたProactiveな経営判断で、これによって今後示されるGoogleの革新性を、ぜひこの眼で見たいと思う。それは多少でもGoogleと歴史的な行きがかりのある、私の個人的な想いでもある。

 

 

日本語にはない「RESPONSIBILITY」と「ACCOUNTABILITY」の違いとは?

なぜか、先週から英語の“responsibility” “accountability”という言葉がアタマをぐるぐる回っている。辞書ではともに「責任」と訳されて、「accountability」は「 説明責任」といった注釈がついているが、英語本来の意味からすると時制とその用法に違いがある。

•  「responsibility」:これから起こる(=未来)事柄や決定に対する責任の所在を示す。

•  accountability」:すでに起きた(=過去)決定や行為の結果に対する責任、またそれを説明する責任を表す。

また、この2つの言葉の持つ、もう1つの側面は以下のような時に使われるという用法の違いも大きい。

•  responsibility」:「誰の責任であるのか?」という時に使われる。

•  accountability」:「誰が責任を取るのか?」という時に使われる。

 英語では以下のように説明されている。

•  responsibility」:Responsibility may refer to: being in charge, being the owner of a task or event.

•  accountability」:In ethics and governance, accountability is answer-ability, blameworthiness, liability, and the expectation of account-giving.

以下の英語の説明は的を得ていて、responsibility」は他の人と共有することは可能だけど、「accountability」は他の人と共有できないという点が大きな違いだという指摘は納得できる。

The main difference between responsibility and accountability is that responsibility can be shared while accountability cannot. Being accountable not only means being responsible for something but also ultimately being answerable for your actions. Also, accountability is something you hold a person to only after a task is done or not done. Responsibility can be before and/or after a task.

日米間のビジネスで、この「責任」という言葉に関して、かなり大きな温度差を感じる。米国ではまず真っ先に、「このプロジェクトあるいはタスクは誰々が責任者である(役職に関係なく)」ということを全員に明示して、彼あるいは彼女を中心にプロジェクトがスタートする。日本ではそれとは異なり、「まず担当者(=責任者とは決して言わない)」を紹介されて、部署のチームメンバーの構成と紹介が始まる。もちろん、プロジェクトは「担当者」が「窓口」となり進行していくが、「責任を取る」という表現で「accountability」を背負う人が不明のままに推移するパターンがかなり多い。私が突っ込んで「責任者(=意思決定者)は誰ですか?」と質問すると、「あえて言うならば部長(=上司)になります」という答えが返ってくる。ただし、長い間プロジェクトを一緒にしてきても、「その部長」が意思決定をした様子はなく、また滅多に会うチャンスもなく、契約書の「部長のサインあるいは印鑑」のみしか、私たちは知らない場合がよくある。

日本のビジネスのやり方は、「責任」を決して個人に落とし込まず、「部門、部署、チーム」といった人格を持たず「責任所在が曖昧な組織」に紐付けて、実践することが大きな特徴で、「個人のがんばりの総和」ともいうべきものが、この不思議なビジネスエクササイズを支えている。またあえて「Job description」も明解にしない理由も、部門を越えてお互いが支援できる融通さ(フレキシビリティ)につながっていると思う。私は別にこうした日本的なビジネスの仕方を悪いとは思っておらず、日本の企業の間では十分通用するやり方で、それで成功しているときは問題はないと思う。ただし、コトが悪いほうに転んだ際には、このやり方では、「なぜ、こういうことが起きたのか?これは誰が責任を取るのか?」という「accountability」が不明のまま、原因究明が行われず、同様な失敗を今後も繰り返す可能性が高いという点は指摘したい。

日本には、「傘連判状」という特殊な署名形式がある。江戸時代に農民たちが一揆を起こす際に、誰がリーダーであるかをわからなくするために、傘が開いたように円形状に順不同に署名するもので、真ん中は「空(何も書かれていない)」状態になっていた。当時一揆のリーダーは打ち首獄門や磔刑など厳罰が処せられたために、「責任者を隠す」ために利用されていたもので、「accountability」という「誰が責任を取るんだ?」という部分を、最初から不明確にし、尚且つ署名した人の上下関係まで曖昧とするものだった。

 日本での昨今の企業の不祥事をつらつら眺めていると、ずいぶん多くの人たちは「accountability」と「responsibility」の違いを認識していないということを実感し、さらにこうした企業文化の中には、この「傘連判状」の遺伝子が無意識のうちに埋め込まれているのではないのか? という疑問すらわいた。あまりにも「空」な状態で「責任を説明されても」、誰も納得できないし、「傘の中」に署名した以上は、「すべての人に責任がある」という自覚が必要だと思う。ビジネスにおいては、往々にして英語的なアプローチの方が、物事がクリアになる場合が多い。私個人としては、明解に「accountability」と「responsibility」を使い分けて、「責任」の意味を考えながら行動したいと思う、しんどいけれども。

「DISRUPTIVE INNOVATION」が連発される今、UBERには大人になってほしい

今週はNYCの市長Bill De BlasioUber戦いが激化している。メディアの論調は、常にProgressiveを旗印に改革を推進しようとしてきた市長が、市長選で35万ドルの政治献金をタクシー業界から受けているためか、その圧力に屈して、Uberへの規制強化を図ろうとしていると指摘している。市長は、Uberの急増によってNYCの交通量が増加し、このままで行くと1年以内に25000台の増加となり、それでなくても酷い交通混雑がさらに悪化するので、Uberに対して規制をかけると主張している。それに対して、UberはTV広告とアンチ市長の政策へのPetition署名のアプリで、現在対抗中である。そのTV広告では、深夜NYCで仕事が終わりすぐにでも帰宅したいが、マイノリティ(非白人)であるためにタクシーに乗車拒否されるユーザの例や、副業で少しでもお金を稼ぎたい、あるい失業中で何とか収入を得たいと思うUberドライバーの現状を訴えている。アプリでは通常のUberの車の種類選択以外に「De Blasio Ride」というボタンがついていて、それをクリックすると市長の政策に反対するPetitionページに飛ぶ仕掛けになっている。

なぜここまで、Uberが注目されるのか? 言うまでもなく、過去1年間で彼らのビジネスの成長が異常なくらいに早く、Business TravelersのGround TransportationのExpenseで、とうとうタクシー(43%)を追い抜いて、Uberは55%(2015年第1四半期から大2四半期は153%増)までに一般に浸透してしまったことが大きな要因である(Certifyの調査による)。この数字は、地元San Franciscoでは79%という高率に達する。2014年第2四半期はUber 8%、Taxi 37%、Rental Cars 55%であったが、現在は、Uber 31%、Taxi 24%、Rental Car 45%と、「Uber Effect」は大きく両者のビジネスに影響を及ぼしている。また、当初はUber利用あるいはビジネスモデルに懐疑的だった一般の人たちも、タクシー経験の酷さから、周囲に薦められてUberを使い始めて、その簡便さと使い勝手の良さという「User Experience」によって、結果彼らも容易くユーザになるという、友人知人による「Network Effect」も大きく作用している。

もちろんUberの抱える問題は単純に割り切れるほど簡単なものではなく、「ドライバーは雇用社員か契約社員か?」、「事故における保険支払い問題」、「タクシー業界では身障者向けの台数確保の規制があるがUberには適用されていない」等々、数え上げればきりがないほど問題は山積されている。また、UberはすでにUnicorn企業として巨大化している中で、各国の規制に歯向かうように、諸外国で大きな軋轢を起こしている。この「スタートアップの暴れん坊将軍」のようなUberに対して、組合勢力への支持を取り付けたい民主党サイドは、大統領候補のHillary Clintonも、Uberのような契約社員による「on-demand economy」は、労働者の最低賃金確保の脅威となると警告を発して、規制する立場をとっている。 

私がポイントアウトしたいのは、こうした政治家たちまで巻き込んだ一連のUber関連の問題で、「なぜUberがこれほどまでに一気に一般に浸透したのか?」という問いの答えである「なぜ一般利用者はタクシーに乗りたくないのか?」という、根本的な問題解決への指摘が欠落している点である。要はユーザは「すぐつかまらない、すぐ来ない、運転手が道を知らない、クレジットカードの支払いを嫌がる、無愛想で失礼な態度、料金が高い」といったタクシー経験が嫌だから、タクシーに乗りたくないのである。Uberはこれらのタクシー問題を「アプリと位置情報のソフトウエア」で解決し、割安な料金で、さらに社内で支払いをしなくてもいいようにした。また、ドライバー側は、自分で時間の管理が可能なサイドビジネス、あるいは職探しの間の副業、あるいはメインの職業として、Uberを選んでおり、子育て中の主婦から学生まで、さまざまな人たちがDriverとなって働いている。

タクシー業界にとって見ると、Uberは、まさに「Innovative disruptor」であるが、利用者にとって見れば、「21世紀のタクシーのあるべき姿」で、今までそうした問題を改善せずに、利用者の不満を無視してきたタクシー業界への目は当然冷たい。ちなみに2014年のCNBCが選んだスタートアップ企業の「Disruptor 50」のリストにあがっているスタートアップ企業のビジネスモデルやその製品・サービスの特徴を見ていると、なぜ既存の企業や業界はユーザレベルの目線で、そのビジネスの向上を図らなかったのか?とつくづく実感する。また、こうした論議でDisruptorsを擁護する人たちが連発するキーワードは、「Sharing Economy」や「Network Effect」といった言葉で、反対にDisruptorを規制しようとする人たちは、「別に彼らは何もシェアしていない、単なるBusiness Exchangeで、無秩序なStraight Free Marketだ」として、その「Radical」な部分を危険だと指摘する。

ここで改めて、「Disruptive Innovation」について考えてみた。私のごとき浅学な人間が説明する必要もないくらい、ハーバード大学ビジネススクールのClayton M. Christensen教授によって紹介された「Disruptive Innovation(破壊的イノベーション)」は誰もが知っている有名なコンセプトである。いろんな人が分かりやすく説明している中で、私は、以下の栗原潔氏の説明が的を得ていると思う。

"業界の機能強化競争により、これ以上機能を強化しても顧客が十分に価値を享受してくれなくなったovershooting(「過剰満足」)状態になったときに、機能そのものは必要十分レベルに抑えて、「安い」、「便利」、「使いやすい」などの別のベクトルで攻めてくるプレイヤーが市場を奪うパターンが数多く見られます。これが、破壊的イノベーションです。"

この「破壊的イノベーション」を、さらに「Low End Disruptive Innovation(ローエンド型イノベーション)」と「New Market Disruptive Innovation(新市場型イノベーション)」は2つに分けられる

  • Low End Disruptive Innovation: 既存の主要市場の下層に位置する顧客対応の製品・サービスで、最低限の性能は十分クリアしている。
  • New Market Disruption Innovation: 性能は劣っているが、新しい属性(たとえば単純で便利)においての性能に向上が見られるもので、従来はお金もスキルも不十分なために、既存顧客層ではなかった新たな層という意味で新市場という概念。

この「Low End Disruptive Innovation」は、言い換えると、「新たなビジネスモデルを考案、組織化し、主要顧客の技術的要請にもある程度応えながら低価格化を可能にしている場合」となり、まさに上述のUberも含めて「Disruptor 50」のリストにあがっているスタートアップの多くは、この「ローエンド型破壊的イノベーション」の事例あるいは両者のミックスといったことがいえる。

規制とは、「その製品やサービスを利用するユーザの安全を守るために作られたもの」で、既存の業界(企業)のみを保護するためのものではない。また規制が、当初作られた時にはBest Practiceでも、テクノロジーの進歩、ユーザの生活様式の変化など、時代が進むにつれて、当然「規制の進化」も必要となる。Disruptorがどんどん出てくることは、新たな雇用やインディペンデントな企業の創出にもつながり、ユーザにとってのみの利便性があるだけではない。「disruptive」を日本語では破壊的と訳しているが、この単語には「混乱を起こさせる」、「秩序を乱す」といった意味があり、こっちの意味のほうがニュアンスとしてはあっているように、私は思う。誰かが「Catalyst」として、その業界や市場の秩序を乱し、混乱を起こして、それがきっかけとなって、エンドユーザの今の生活に最適なビジネスエクササイズに進化していくべきだと思う。

また無秩序は困るが、既得権を守ろうとする業界のために、Disruptorがどんどん圧迫されて消滅してしまうのも困る。特にその製品・サービスが一般消費者の日常生活にすでに根ざしているような場合、多くの利用者がそれによって大きな被害を受ける。「暴れん坊将軍」的な行動は、その企業規模からいっても、そろそろ慎む時期に来ており、Uberは自社の「持続的成長を維持する=ユーザに安定的なサービス提供をもたらす」ために、真剣に規制する側と向き合い、折り合えるつける大人の「Attitude」を見せてほしいと、いや見せるべきだと思う。

TECH WORLDのGENDERに関して、感じたこと。

おとといのAppleの「Worldwide Developers Conference」のことをゆっくり読もうと思って、SF ChronicleのBiz&Tech欄をフィジカリーに開いたら、アプリのアップデイト以上に、キーノートで女性がプレゼンテーションに立ったことに注目していた。「Apple Pay」のVPのJennifer Baileyと、アプリの説明を行ったSusan Prescottの2人の女性が、WWDCのステージにキーノートとして立つのは、2010年以来5年ぶりということで、SF Chronicleは、Googleも含めて、シリコンバレーのテックジャイアント達も、社員の男女数の格差に、何らかのアジャストメントをしようとしていると報じている

米国では、カンファレンスの男女のトイレの長蛇の列の有無によって、業界の男女格差を判断するが、マーケティング関連のカンファレンスではテック業界とは反対に、女性用トイレに長蛇の列ができる。米国はマーケティングやPublic Relationsの業界はとにかく女性ばかりで、うちの義理の娘たちは、私の日本でのマーケティング関連のコンファレンスの写真やスピーカーのリストを見て、女性が異常に少ないことに驚愕している。

いまさら言うまでも、シリコンバレーにおけるテック業務従事者数の男女格差は非常に大きい。テック以外の業務にはもちろん女性は多く勤務しているが、全体の印象も含めて、シリコンバレーでは男女格差が目立つ。以下はテックジャイアントのテック業務とリーダーシップポジションにおける女性比率である。
 

  • Appleのテック業務に従事する女性:20%

  • Googleのテック業務に重視する女性:18%

  • Microsoftのテック業務に従事する女性:17%

  • Appleのリーダーシップのポジションに従事する女性:28%

  • Googleのリーダーシップのポジションに従事する女性:22%

  • Microsoftのリーダーシップのポジションに従事する女性:18%

要は全体の2割以下しか女性がテック業務についていないというのが現時点でのリアリティである。これは、シリコンバレーの元締めともいうべきSand HillのVCたち、すなわちCaucasianの男性がマジョリティのVC Worldの、無意識あるいは意識下の、自分達とは異なるグループへのステレオタイピングな認識に起因する、と思う。彼らが投資するスタートアップや企業を見れば、彼らが何を重視しているかがよく見える。はっきり言えば、マイノリティ(アジア系を除いた非白人グループや女性)と、さらにシニア層にはお金を出さない。女性を含むマイノリティグループがテック業界でスタートアップとしてビジネスしにくい大きな理由は、Capitalへのアクセスがほとんど出来ないという点である。いろいろな記事でも取り上げられていた1つの事例だが、ベイエリアのVCたちに、50代のアフリカ系アメリカ人女性が、ヘルスケアに関するビジネスプランをピッチした際、VCたちはその容姿(彼女の身体は非常に大きい)を見ただけで、最初から聞く耳を持たず、非常に失望したと、その起業家はインタビューで応えていた。

この状況下で、Intelは2020年までに、自社内のDiversityの課題解決のために、マイノリティの就労比率改善(24%の女性比率を米国就労女性比率の47%に、ヒスパニックとアフリカ系アメリカ人比率も12%を26%に引き上げる)に、3億ドルを支出すると宣言した。また昨日Intelは、シリコンバレーのカルチャーにチャレンジするかのように、女性とマイノリティによるテクノロジースタートアップのための投資ファンドとして1億2500万ドルを供出することを発表した。

このファンドの要件は、スタートアップ企業は、女性あるいはマイノリティが創設者またはCEO、あるいはトップ経営陣に少なくとも3人の女性あるいはマイノリティがいることが必須条件となっている。すでにVenafi(cybersecurity firm)、CareCloud(Internet software for the health industry)、Brit + Co.,(provides classes and an online market for selling do-it-yourself products)、Mark One(makes a “smart” cup that analyzes the nutritional content of beverages)といった企業がファンドを得ている。Intel CapitalのVPのLisa Lambertは、「これは単なるソーシャルプログラムではなく、ビジネス機会として、お互いに成長するためにFundをしっかり見極めていく」と、明解に趣旨を語っている。Intel 以外では、AOLが女性によるスタートアップに1000万ドル、ComcastはマイノリティのスタートアップへのSeedファンディングとして2000万ドルといったファンドがあるが、NPOではなく、For Profitのマイノリティによるスタートアップへの投資ファンドは、非常に稀である。

テックワールドに従事する、あるいはリーダーシップポジションに、女性も含めたマイノリティが少ないという現実には、社会構造およびカルチャーも含めた複雑な要素が絡み合っていて、一刀両断に切れる問題ではない。また、一口にマイノリティといっても、女性問題と人種的な問題を同じ俎板で料理することも出来ない。ただし、ここにきてGeneration Y & Zといった若年層は、Genderや人種的な抵抗感はかなり少なくなってきており、今後こうした格差は縮まっていく可能性があると、思う。彼らには、ステレオタイプな既成概念、あるいは固定概念はなく、様々なことに「Authenticity & Transparency」を求めており、企業も、そうしたこれからの中心世代への対応を確実に迫られている。

以下は、米国の女性のCEOのトップ10のサラリーのリストである。調査では340社対象として、女性のCEOは17人しかリストには入っていないが、2014年のCEOのサラリーの中間値は、男性が140万ドル(0.8%減)、女性は1590万ドル(21%増)と、女性CEOのサラリーは男性より大幅に上昇中である( Equilar & The Associated Pressによる)。人数的には女性CEOは5%しかいないが、金額は決して悪くはない。実績をたたき出すと、男女差は関係なくなるという、証拠である。

No. 1: Marissa Mayer, Yahoo:4210万ドル(69%増)
No. 2: Carol Meyrowitz, TJX Cos., :2330万ドル(13%増)
No. 3: Margaret “Meg” Whitman, Hewlett-Packard:1960万ドル(11%増)
No. 4: Indra Nooyi, PepsiCo:1910万ドル(45%増)
No. 5: Phebe Novakovic, General Dynamics:1900万ドル(15%増)
No. 6: Virginia Rometty, IBM:1790万ドル(28%増)
No. 7: Marillyn Hewson, Lockheed Martin:1790万ドル(13%増)
No. 8: Patricia Woertz, Archer Daniels Midland:1630万ドル(138%増)
No. 9: Irene Rosenfeld, Mondelez International:1590万ドル(14%増)
No. 10: Ellen Kullman, DuPont:131万ドル(1%減)

自らを振り返ってみても、過去35年間のキャリアは、当初女性を守る法的規制もなく(男女雇用平等法の前だったので、現在の男女差別を差別と認識することすら出来ない時代)、常に道なき道ともいうべき密林を、手刀だけで切り開いてきたような感があり、自分が通ってきた道を他の女性に薦める気はさらさらない。また、そうする必要もないほど、社会的にも文化的にも、Genderはほとんど意識する必要がなくなり、多くの女性のキャリアの問題は、「育児と仕事の両立」に焦点が移っている。財政的にも大きな負担を抱えながら育児と仕事を両立させている女性達は、上述のYahooのMayerのような高額所得の女性CEO(多くのサポートを抱えられる財力のある)の発言や行動への見方は厳しい。

テックワールドの女性の役割の底上げを試みるならば、Intelのファンドのような取り組みも含めて、意識的に女性主体のビジネス育成プログラムや企業内の女性比率引き上げの法規制などをしていくのが、まず、初めの一歩としては正しいのかもしれない。数を増やさない限り、「玉石混交」のように、「玉」が生まれてこないのは世の常で、早くより多くの「玉」を増やすために、「石」の絶対値が必要だと思う。

 IOM (INTERNET OF ME)の時代のコミュニケーションとは?(日本で6/25に特別セミナー開催)

IOM (INTERNET OF ME)の時代のコミュニケーションとは?(日本で6/25に特別セミナー開催)

6/25(木)19時から渋谷のTECH LAB PAAKで「ITで日本を元気に!」の特別セミナーとして、以下のテーマで対談を実施します。主催者はトライポッドワークス社長の佐々木賢一さんで、MCにはAkerunの広報の高橋ちささん、対談相手はHEART CATCHの代表取締役の西村真理子さんというメンバーで、私がキーノートとしておしゃべりします。セミナーは無料ですので、是非ここから申し込んでください。女性との対談やセミナーは、私にとっては珍しく、女性3人はすでに大いに盛り上がっています。面白い話になると思うので、ぜひご参加ください。

19:00【主催者あいさつ】 「ITで日本を元気に!」代表 佐々木賢一(トライポッドワークス株式会社 代表取締役社長)

 19:05【キーノートスピーチ】「IoM(Internet of Me)」の時代のコミュニケーションとは?JaM Japan Marketing LLC創設者&マネージングメンバー 大柴ひさみ氏

「Instant Gratification(瞬間的な満足)」に慣れてしまった消費者の注意力のスパンは12秒から8秒までに落ちている。 テキストによって記憶できる内容はわずか20%。 “I want what I want when, where, and how I want it”と、消費者のデマンドは拡大する。自らの指紋のようなユニークさを、「インターネット経験」に求める消費者に、米国のマーケター達はどのようにReach outしようとしているのか? 「IoM(Internet of Me)」とまで呼ばれる、今のアメリカのビジネスおよびマーケティング事情を語る。

 20:00【 対談トーク】「日米で活躍する第一人者が語り合う マーケティングの未来とイノベーション」

JaM Japan Marketing LLC 創設者&マネージングメンバー 大柴ひさみ氏

株式会社HEART CATCH 代表取締役 西村真里子氏

【大柴ひさみ氏プロフィール】 シリコンバレーを拠点に、日米企業のマーケティング戦略の開発実施・調査分析を提供。16年間の電通Y&R勤務後、1995年米国移住、1998年JaMを設立。日本企業の米国市場向けの製品開発、グローバル市場のマーケティング戦略の開発実施を手がける。サンフランシスコと東京のad:techで5回登壇、アドバイザリーボードメンバーも歴任。執筆・講演も多く、時代を先取りするリアルな米国事情のInsightは高い評価を受けている。JaM Japan Marketing LLC 

 【西村真里子氏プロフィール】 国際基督教大学(ICU)卒。IBMでエンジニア、Adobe SystemsおよびGrouponにてマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブカンパニー(株)バスキュールにてプロデューサー従事後、2014年7月1日、株式会社HEART CATCH設立。マーケティング×エンジニアリング×クリエイティブ視点でモノ・コトをプロデュース。 エンジニアとして国際特許取得、カンヌライオンズ金賞他受賞多数。株式会社HEART CATCH